助監督から看護師に転職した情報ブログ

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看護学校に入学するまでの軌跡

投稿日:2017年1月5日 更新日:

どうやって看護学校に入学したのか

助監督として、TVドラマ業界でブイブイ言わせていた私ですが(言わせてねぇ~)バイク事故によって入院生活3ヶ月と長い入院生活を経てドラマ業界に復帰しました。
過去記事↓
http://nursenokizuna.com/nursenitennsyoku

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退院してすぐにドラマに復帰したんですよね!

入院前に決まっていた連ドラは出来ませんでしたけど、その次の連ドラのお仕事が決まりました

その連ドラは以前にお仕事していたドラマの続編に当たるドラマでした。

退院したばかりで「ちょっと手だけロボットですが大丈夫ですか?」と言うと「いいじゃない」と返答が返ってきました。

その言葉を聞いてから、私を仕事仲間に選んでくれたP(プロデューサー)には頭が上がりません

「よし!復帰だ!頑張ろう!次のドラマにも繋げよう!」

そう意気込んでいました。

退院してからもしばらく創外固定という、簡単に言うと金属が骨に刺さっていて外にも出ちゃっている状態↓でした。
もちろん、包帯はまいてますよ~。

絵だと分かりづらいですが。意外と大きくて夏場だったから良かったかなぁ。半袖ですしね!

ちょっと周りにも気を使わせながらのロケだったと思います。

スタッフや役者さんも私の腕を見るたびに声をかけてくれていました。

同情はされたくない!仕事で認めて欲しいだけ

自分の復帰作だし、いつも以上に頑張っていたと思います。

でも、何かこう心のどこかがスッキリしないんですよね…。

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自分の気持ちに正直に…

撮影は順調でクランクインしてから1ヶ月以上経ったと思います。

そろそろTVでのオンエアーも開始になる頃です。

その時期に突然、「私辞めます」宣言。

「ごめんなさい。看護師になります」

周りはビックリしていました。言った私ですら一番ビックリしました。

看護師になるには看護学校に行かなければなりません。

まず、その学校に受かるのか!!

落ちたらどうする??

ここが自分の人生の2回目の分岐点な様な気がしました。

1回目はAD→助監督の道を選んでフリーになる時でしたね。

過去記事↓
http://nursenokizuna.com/adkarajyokanntoku

周りに猛反対されました。

そりゃそうです。連ドラを途中で降りる事になるのですから、大変な迷惑でしょう。

少しばかり創外固定をしている腕と言う障害があった私を拾ってくれたPにも申し訳ない気持ちでいっぱいでした。

でも、何だか毎日「看護師になりたいなぁ」って気持ちが日に日に大きくなっていく自分に気が付いたんです…。

受験に失敗するとか後先考えずに、自分の気持ちに正直に生きる道を選んでみました。

受験は1ヶ月後でした。

迷っている暇はなく、ドラマを降板し、猛勉強しました。

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看護学校に合格!

ここだけの話、筆記試験とか全然出来なかったのですが小論文と面接の手ごたえは良かったと自分では感じていました。

小論文のお題が「私の理想の看護師像」と言うお題。

全ての気持ちをここにぶつけました。

入院、転職、自分の気持ちに正直になる事…。自分の生き様全てをカッコよく書いてやりましたよ! 笑

落ちる事なんか考えていなかったけど、受かって良かったと思いました。

でも、もし落ちたとしても多分次の年にも挑んでいたと思います。

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心残りは本当にないのか

昔からの夢でもあった助監督

自分が一番好きだった職業途中で投げ出すという辞め方での終わり方…。

そこだけは今でも心の隅に引っかかっていますが、私と一緒に仕事をしていた助監督ADの仲間

今ではドラマでのスタッフロールバラエティ番組での不意の映り込みで発見することがあります。

助監督が一段階上がったんだね!
D(ディレクター)になれたんだね!

私がかつて目指した私がなろうとしていた人になったんだね!

本当に全く違う世界に生きているけど、私は昔の仲間を忘れないし、ずっと応援しています。

私も自分の選んだ道を進もう

今このブログを書いていて思うことはいっぱいあるけど、これが私の看護師へのスタートラインです。

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